会津における松川事件学習会へのメッセージ

2023年5月28日(会津美里町役場・じげんプラザ)

  <松川事件学習会へのメッセージ>

 戦後最大の冤罪事件といえる「松川事件」は、1963年9月12日の最高裁判決で被告全員の無罪を勝ち取りました。今年は、無罪確定から60周年になります。この60周年を記念して、9月30日から10月1日に、福島大学を会場に、全国集会を行います。この事業を成功させるために、実行委員会は、県内各地で松川事件の学習会をひらいています。

 松川事件は、1949年8月17日の、東北本線松川駅と金谷川駅間での列車転覆事件の犯人として、無実の国鉄東芝の労働者20名を逮捕し、福島地裁・仙台高裁では死刑を含む有罪の判決を下しました。しかし、広津和郎氏ら文化人や労働者・市民の広範な運動の力で、無罪を勝ち取ることができました。14年もの長い間、獄中に置かれた末の勝利です。その後も、多くの冤罪事件が起こりましたが、この松川の全面勝利の裁判闘争に学び、幾多の無罪判決を勝ち取ってきました。松川事件の教訓を受け継ぎ、冤罪を許さない運動が重要になっています。

 私個人としては、仙台での高校2年の時に、全国から支援の行進が仙台集まり、仙台高裁で全員無罪の判決が出たことを記憶しています。そのことは、理系から法学への進路変更にも大きく影響を与えており、最高裁判決は大学1年の時です。

 仙台高裁への差し戻し、仙台高裁の無罪判決は、東芝の団体交渉の経緯を書いている「諏訪メモ」が、決定的な証拠になっています。これは、現在、福島大学の松川資料室に大事に保管されており、この運動と資料は、国際的にも保存すべきものとして、ユネスコ世界遺産(世界の記憶)に登録すべきものとして、その準備活動を継続しています。

 また松川事件、松川運動の受け継いでいくために、優れた松川事件に関する論説や活動などを「松川賞」として発表しています。2015年の第1回松川賞には、研究評論部門で、会津の前田新さんの「戦後70年と松川事件―いま、それを語り継ぐことの意義」が、また2021 年の第7回松川賞には、エッセー部門で会津の吉田恒雄さんの「松川の教訓を胸に刻んで」、さらに2022年の第8回松川賞には、評論部門で会津の町田久次さんの「笑う裁判官」を選んでいます。私たちは、こうした優れた作品からも学んで、松川を継承していくべきものと思います。

 残念なことに、昨年までお元気に活動をなさっていた元被告の阿部市次さんが、お亡くなりになり、その受け継ぎも困難になってきましたが、それを受け継ぐ私たちは、過去の事件としてだけではなく、松川の教訓を新たに展開していくべきものとして、二度と松川事件のようなことは引き起こさせないということを肝に銘じていくべきものと考えています。そうしたことで、無罪確定60周年記念集会は、松川事件そのものを大切にしながらも、繰り返されている冤罪事件を許さない立場から、日弁連の鴨志田弁護士から「冤罪の歴史から再審法の改正へ」の記念講演、2日目のシンポジウム「冤罪と刑事司法」には、パネリストして、東住吉事件の青木恵子さん、袴田事件の映画監督の笠井千晶さん、布川事件の桜井昌司さんを交えて、行うことにしています。

 本日の学習会を契機に、会津でも松川の継承運動を広げていただきたいと思います。4月2日の川崎哲さんの講演会に、私も参加させてもらい、感動しました。ぜひ、浜通り中通り会津が団結した運動の高揚の中で、震災からの復興も実現していきたいと思います。

 さらに団結を強めて、平和と民主主義を実現していきましょう。

   2023年5月28日

       松川事件無罪確定60周年記念事業実行委員会

                   実行委員長  今野順夫

吉原泰助先生を偲ぶ会でのスピーチ

 吉原先生は、1949年に二学部で発足した福島大学を、拡充することで大きな役割を演じていただきました。

 74年間の福島大学の歴史の中で、2学部時代が38年と半分以上。何とか学部増、キャンパス統合が大学の目標だったのですが、38年目にして改組型の行政社会学部を増設できました。純増型ではなかったが、学生数20名の増に対して、教員30名の増という、今から考えると恵まれていたわけです。

 文系3学部の実現ができたが、何とか理系が欲しいということで、大学創設55年目の2004年には、共生システム理工学類を増設。しかし、教員数は増えない困難な中での増設でした。国立大学法人化の中で、学長として先頭に立った吉原先生は、リーダーシップを発揮されました。

 福島大学は、2011年の大震災を経て、さらに70年目の2019年4月に農学群食農学類を増設し、実質5学部の総合大学となっています。

 2学部時代から総合大学へ、吉原先生のご尽力なくしては実現できなかったと思います。

 学内でのリーダーシップのみならず、学外でも、2005年に発足した福島県九条の会の代表として、お亡くなりになる日まで17年間も、憲法改悪に反対し、平和を守る運動の先頭に立ち、また、福島大学に寄贈された松川事件の資料を、松川資料室としてたち上げ、ユネスコの世界記憶遺産登録をめざして、全国に呼びかけてきました。

 また、いうまでもなく、有能な人材を吉原ゼミから排出し、いまや、研究者として、さらに社会的実践者、実業界などで、ご活躍されており、今日の偲ぶ会も、吉原先生のご指導を受けた皆さんの力で実現できました。

 いつも冷静に、我々若輩にも指導をしていただきましたが、何とか吉原先生の教えを大切して、進みたいと思います。本当に、心から感謝をし、ご冥福を祈りたいと思います。(2023年2月5日/福島市エルティ)

2023.1.28松川事件学習会開会のあいさつ

2023.1.28  松川事件学習会での開会のあいさつ

 

 大変な寒波で、足元も悪い中、松川事件の学習会にお集まりいただきありがとうございます。

 松川事件が発生したのは、74年前の1949年8月17日早朝ですが、9月の末に、国鉄労働組合の組合幹部及び東芝関連の組合幹部ら20名が、全くの証拠もなく、無実の罪で逮捕され、福島地裁、仙台高裁では、死刑を含む判決が下されました。

 しかし、この裁判は、文学者・広津和郎さんをはじめとした国内外の広範な文化人、法律家、労働組合運動の力で、1959年8月、最高裁判決で、仙台高裁に破棄差戻されました。大きな役割を演じたのは、東芝の団体交渉の記録をした諏訪さんのメモです。いわゆる「諏訪メモ」です。これは、被告の方のアリバイを証明するもので、福島大学の松川資料室に大事に保管されています。差し戻された仙台高裁で、1961年8月8日、門田裁判長が全員無罪の判決を下しました。門田裁判長が保有していた資料も、福島大学の資料室に入っています。

 私個人は、仙台高裁の門田判決の時は、仙台の高校の2年生でしたが、大学1年の1963年9月12日に、全員無罪の最高裁判決が出されました。14年もの獄中での闘い、全国の支援の闘いの輝かしい成果です。今年の9月12日で、無罪確定60周年になります。

 

 この度、NPO松川運動記念会を中心に24名の方々が、記念事業実行委員会を構成し、準備をしていますが、松川の経験を学び、今なお、えん罪事件がなくならない状況の中で、改めて、松川を広げ、発展させていく必要があると思います。

 記念事業としては、9月30日から10月1日に、全国集会を開催することを決めています。記念講演、シンポジウム、資料特別展示会や文化行事を企画準備しています。

 今日の学習会は、松川事件無罪確定60周年記念事業を成功させるために、改めて、松川事件について学ぶ学習会ですが、皆さんのご協力で、記念事業の成功を勝ち取っていきましょう。

新たな改憲の危機と九条の会運動の意義

九条の会ブックレット

 『新たな改憲の危機と九条の会運動の意義』(九条の会 2022.9.27)

 

 渡辺治参院選の結果と改憲のゆくえ」

はじめに

1.岸田自民党参院選で何をねらったのか?

1)出発点は安倍政権、安倍政権による9条破壊の新段階

・政府は、自衛隊が9条の禁止する軍隊でないと強弁するため、自衛隊の活動にさまざまな制約を設けざるを得なくなった。

・“自衛隊憲法9条が禁止している軍隊ではない、侵略された時抵抗する「自衛のための必要最小限度の実力」だ”

~制約を認めざるを得なかった。

 〇海外派兵をしない、〇「集団的自衛権の行使」は禁止する =「専守防衛

  1990年代の冷戦終焉以降:

自衛隊:アフガン侵攻後インド洋海域へ

       イラク戦争時、イラクの地上への派兵・・軍事行動に参戦できず

・安倍首相は、その制約の打破をねらう。

      〇安倍政権:2014年に政府解釈の改変(米軍の侵攻と戦闘=「日本の存立をおびやかす」と判断)~米軍に武力で加担できる ⇒2015安保法制

        9条との乖離が激しくなる ~2017年安倍改憲提言(2018改憲4項目)

       ⇔「市民と野党の共闘」⇒「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」結成

         自公は、衆参両院で3分の2を獲得していたが、改憲審議を進められず

          2019年参院選 32の1人区 野党統一候補10選挙区で勝利

          *参院で、改憲勢力が3分の2を割る。⇒安倍改憲の挫折

                             コロナ失政⇒退陣

 2)菅政権下での日米軍事同盟の新段階

   ■トランプ政権下でのアメリカの世界戦略の大転換

         冷戦終焉後のアメリカの世界戦略・・「自由な市場」の維持・拡大

     「ならず者国家」「テロリスト」との戦争(イラクソマリアアフガニスタン

      ⇒「自由な市場」で急速な発展、派遣確立を窺う中国の登場(イラン、ロシア)

      アメリカ:「自由市場の維持・拡大のための警察官戦略」

             ⇒「対中国覇権主義競争、軍事対決戦略」へ大転換

      ⇒日米軍事同盟に大きなインパクト・・・日米軍事同盟と日本の役割が重要化

   ■バイデン・菅政権下で日米軍事同盟の新段階へ

       対中軍事対決戦略を、NATO、日本を含めた対中国軍事同盟網の構築で実現

         2021年4月16日、バイデン・菅会談 ⇒日米共同声明

          ①日米軍事同盟の対象を「インド太平洋」と規定。

          ②中国の脅威の列記(「反対」「懸念」)

          ③新台湾条項 米軍の台湾介入 ・・・日本の加担(武力行使

          ④共同作戦体制強化とともに、日本が「自らの防衛力の強化」約束

             (辺野古馬毛島の基地建設の約束)

             南西諸島へのミサイル部隊配備の加速、米軍艦船等への護衛

             日米、日英、日豪、日印・・・軍事的提携関係、

重要土地調査規制法

   ■対米約束に基づく「敵基地攻撃能力」保有  

     2020年通常国会会期末(安倍元首相) 

      アメリカの思惑:日米軍事同盟の強化、日本に攻撃的兵器を持たせる

       *ミサイルが確実に飛んでくることが分かっており、それを防ぐのに他の手段がない場合には相手基地を「叩いても」9条に違反しない(答弁) 

       ⇒アメリカの要請に応じて集団的自衛権行使を行う攻撃的兵器は持てない

         安倍首相の解釈変更の提案

        (対中国軍事対決の一翼:集団的自衛権の行使のための攻撃能力の保有

 3)岸田政権は、2021年衆院選で政権を維持し、改憲・9条破壊の加速化へ

   ■衆院選改憲勢力3分の2を達成

     難関:「市民と野党の共闘」の挑戦に対して、政権維持

     21年10月31日衆院選 自民党現有議席23減らす(261議席

        自公政権維持、しかし自公だけでは3分の2取れず。

維新の会(41議席)、国民民主党…3分の2を大幅に超える

   ■改憲・9条破壊加速化の要因

     ①改憲に有利な政党配置の現出

      維新の会、国民民主党野党共闘の離脱)・・・憲法審査会の与党幹事懇談会

        2022年通常国会衆院憲法審査会・・16回開催。

     ②バイデン政権の圧力の増大(22年1月7日、日米安全保障協議委員会2+2)

        共同発表:*共同声明=中国の脅威に「懸念」⇒共同で「抑止」「対処」

             *日本の防衛力の「抜本的強化」=「敵基地攻撃能力」の保有

             *日米同盟の役割分担の見直しへ言及(盾と矛)

          5月のバイデン・岸田の首脳会談で約束

   ■ウクライナ侵略という、加速化を促すまたとない事件

     2月26日 林・ブリンケン会談 「力による現状変更は欧州に止まらない」

       安倍元首相:核を持たないからウクライナは攻められた。米軍の核を日本へ

       (櫻井よしこ)軍事力拡大:防衛力をGDP比2%以上に(敵基地攻撃能力)

   ■ウクライナ危機を前面に「反撃能力」保有GDP比2%の大軍拡10人の

      自民党安全保障調査会(4月26日)

「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」 

        *「反撃能力」と名前を変えて「敵基地攻撃能力保有

           「専守防衛」に沿っているか?

          (小野寺)敵に攻撃される前に攻撃(「着手」が問題)=解釈変更

          「基地」を削除・・敵の中枢機関、相手国の指揮統制機能(北京)

        *防衛費の抜本的増額  GDP比2%<NATO

          1%枠(1976年三木内閣、中曽根廃止)を突破、(5年以内に) 

           「専守防衛」の考え方の下で=大きく覆す(「矛」の一部分担)

    ■岸田自民党参院選へ向けてのねらい

      2016年、19年 野党共闘の成立:32の1人区全てで野党統一候補

             16年=11人、19年=10人の当選(自公維3分の2以下)

        参院選前:国民民主が改憲派へ 166議席(丁度3分の2)

      岸田自民党のねらい

       ①ウクライナ危機を前面、国民の不安

・・反撃能力保有GDP比2%大軍拡の合意を取り付ける

       ②改憲発議に必要な3分の2を参議院でも確保

       ③共闘への分断攻撃の拡大(1人区で勝利)

    ■かつてない選挙戦

         景気、経済政策を前面 ⇒ 重点政策:安保外交

 

2.参院選はどうしてあのような結果となったのか? 

 1)参院選の結果

    改憲問題との関係

    ①自民党 比例得票率・比例議席を減らした(1議席)が、

1人区で大幅拡大、複数区で増加(55⇒63)、改憲4党177議席

    ②立憲野党 れいわ2⇒3、社民1、立憲民主23⇒17、日本共産党6⇒4

          発議阻止の3分の1を確保できず。

    ③立憲民主党 改選議席を6議席下回り、21衆院選比で比例得票率・数を大幅減

    ④共産党 6⇒4  21衆院選比:比例得票率・得票数ともに減少

              得票率6%台、得票数300万票台<10年ぶりの低さ>

 2)参院選はどうしてこのような結果に終わったのかーー3つの要因

    ①悪政にもかかわらず自民党得票率が微減にとどまり、高得票率が維持された

      ■安倍政権以降の財政出動政策が、コロナ禍でも「仕方のない」支持を継続

        1人区での圧勝(28議席)(+7議席

        1人区) 16年参院21勝11敗、19年参院22勝10敗、今回28勝4敗

           直接の原因>共闘の不調、自民:高得票率維持、自公5割以上

             自民:悪政続けながら得票率を動かしていない(34.43%)

             新自由主義改革の失敗=民主党政権誕生⇒地方への財政出動

               復興支援「福島・宮城・岩手」:自民党支持の回復

               「仕方のない支持」の維持

      ■安倍元首相銃撃事件で、最終盤、自民党の得票上昇

        日経紙:自民党 7週間前40%、1週間前35%、しかし7月9日39%

          内閣支持率 50%⇒45%⇒50% (襲撃事件が得票率減を最小化)

    ②野党共闘見直しが自公政治に代わる選択肢を求めていた有権者の不信を招いた

      ■野党共闘が不調の結果、自公政権に代わる選択肢が示されなかった

        衆院選後、共闘攻撃、立憲野党の議席が伸びず、共闘が立憲民主の大敗と

        国民民主党が共闘から離脱 立憲民主指導部の交代・共闘路線の見直し

           共闘:32⇒11のみ一本化

      ■共闘消極の結果、自公政治に不満な市民の立憲民主党離れ

        立憲民主党の得票減(理由)*共闘路線の見直し、共闘消極姿勢への転換

              *ウクライナ侵略⇒9条にもとづく平和の主張を後退

                        =リベラル層の立憲離れ

      ■共産党、後退の原因は、共闘の中での共産党への役割期待が薄れた

         防衛力キャンペーン・・・「日本も侵略されるかも」雰囲気を覆せず

      ■共同通信世論調査では立憲4党支持者の6割以上が野党一本化望む

         全体47.2%、立憲支持層65,4%、共産支持層60.0%、社民支持層65.8%

    ③ウクライナ危機に乗じて安保・防衛力強化キャンペーンで自民党が得票を上昇

      ■ロシアのウクライナ侵略に乗じた自民、維新の安保・防衛力強化論に一致し

て立ち向かえなかった。

「外交・安保」を重視した有権者の投票先(自民50%、維新16%、参政5%)

      ■立憲野党は、足並み揃わず

        一致して対決する構造つくれず。(物価政策の失敗に照準)

         立憲民主:憲法改悪反対、安保法制の違憲部分廃止・・重点政策でない

           安保・外交・・与野党対決にならず

 

 

 

3.岸田政権の改憲・9条破壊策動にいかに立ち向かうか

 1)改憲・9条破壊政治の矛盾ーー改憲発議は阻むことができる

    ■国民は改憲・9条破壊に同意していない、国民は迷っている

     <改憲賛成が増えているが>

      朝日(7/6)改憲賛成36%、反対38%

     <9条改憲には反対が多い>

     <なぜ、9条への自衛隊明記には賛成が多いのか?>現状維持

     <防衛費の増額については迷っている>

     <経験を急ぐことには反対が多い>

    ■改憲勢力改憲項目では一致していない

 2)軍事力と軍事同盟ではアジアと日本の平和を実現できないことを改めて

    ■軍事同盟強化では日本とアジアの平和は実現できないーウクライナの教訓とは

      軍事対軍事での対決は、平和をもたらさない。

    ■では、どうやって日本とアジアの平和を実現するのか?

――9条にもとづく平和の実現

      <9条は無力か?>

      <万一、中国が攻めてきたら9条なんて役にたたない?>

         1972年「日中共同声明」 1978年「日中平和友好条約」

    ■9条の理念は実現できていない、9条の「武力によらない平和」を実現するには

    ■いま、市民に必要な行動は?

       発議を許さない市民の大運動

        ①大軍拡、「反撃能力」・・攻撃的兵器保有、防衛費大幅増を許さない闘い

        ②自民改憲4項目の闘い

むすびに代えて

 

故畑孝一先生を偲ぶ会

2023.1.15

 

 <呼びかけ人代表の言葉>

 本日は、ご多忙の中、畑孝一先生の偲ぶ会にご参列いただきありがとうございます。

 福島大学教育学部並びに行政社会学部でお世話になった今野と申しますが、本日の偲ぶ会の呼びかけ人を代表して、一言挨拶を述べさせていただきます。

 畑先生は、1932年3月に横浜でお生まれになり、横浜大空襲も体験されておりますが、横浜市立大学並びに一橋大学大学院で研究の後、1967年4月に福島大学教育学部助教授として赴任されました。

 ご専門の社会学のご研究や教育とともに、教育学部の学部長、さらに全学の一般教育主事の要職を務められ、1988年4月に福島大学行政社会学部に所属替えとなり、1997年3月に定年退職となりました。その後、2005年4月には、奥羽大学教授となり、教鞭をとられています。

 学外においても、福島県明るい選挙推進協議会の委員及び会長を務められ、また放送大学ふくしま学習センターの所長を務められています、

 積極的に社会活動にも参加され、2005年4月に「田沢・清水・蓬莱九条の会」の結成に参加し、その代表となり、昨年1月18日に89歳でお亡くなりになるまで、17年にもわたって、この会の先頭になって活躍されてきました。

福島大学に赴任されてから55年間の長きにわたって、教育研究とともに、憲法を守り、発展させるための地域活動に、ご尽力されてきました。

私個人は、40年前に福島大学教育学部に転勤して、同じ社会科に所属することになりましたが、いつも教科の会議などは、昼休みに合同研究室でお会いすることになりましたが、前の大学と比較するとフランクな雰囲気で、それぞれ弁当を持ってきて食べながら会議をしていました。特に、畑先生は、いつもポットにお味噌汁を持参して、大変羨ましく感じたことを思い出します。それはまた、会議を和やかにしていたような気もします。

一緒に共同研究され、活動されてきた、皆さんから、生き生きしたお話を伺うこともできると思いますが、まず、長い間の畑先生への感謝の言葉を述べて、はじめの挨拶とさせていただきます。

畑先生、本当にありがとうございました。

11.3 憲法をいかす福島県民集会での「連帯あいさつ」

福島県九条の会」の今野です。

本日の「憲法をいかす福島県民集会」に対して、連帯の挨拶に参りました。

私たち「福島県九条の会」は、憲法改悪が差し迫っている状況の中で「九条の会」を作るという全国的なアピールに呼応して、福島県内の組織としても、25名の皆さんの呼びかけで、2005年2月に結成されました。17年になります。

同時に、各地域・職場等でも結成され、県内では、約100の「九条の会」があります。

九条を守る運動を、講演会や宣伝活動、署名活動などを展開しています。

 

最近は、コロナの問題で、なかなか集まれないということで、10月22日にオンラインで集会を行いました。運動の先頭に立っている方をお呼びして、講演を聴くとともに、各地の九条の会の活動、そこでは福島にある九条の会、いわきの九条の会、郡山の運動などを報告してもらいました。報告できなかったところを含め、それを視聴するという形で実行しました。

ささやかな運動ですが、やはり継続して広げていく必要があると思っています。

 

特に、2月のロシアのウクライナ侵攻以来、運動の難しさがあります。署名活動の中で、ウクライナのことを見ると、9条を守っているだけでは、国や国民を守ることができないのではないかという意見がでます。軍拡を推し進め、敵基地攻撃ができる軍備をすべきではないかという意見です。

これは結局、兵器に対して兵器で対応する、核兵器に対しては核兵器で対抗するということでありますが、ウクライナでの経緯を見ると、既に8か月が過ぎているが、なかなか解決しないということになっています。

やはり、憲法の前文でいわれるように、戦争にならないような外交的努力、交渉、国民同士の交流等が必要だろうと思います。戦争を前提の軍事同盟ではなく、仮想敵国といわれる国々をも含んだ平和維持体制の構築が必要だと思います。

このためには、様々な意見の違いがあっても、同じ目的のために協働し合うことが大切ではないかと思います。

こうして、今日、連帯の挨拶に参りましたのは、皆さんの憲法をまもる運動と、私たち九条の会が、可能な範囲で協働しようというメッセージを伝えるためです。

今日の集会の成功を願いながら、今後の発展を期待しています。

2022.10.22 13:30~   平和憲法は希望! 「福島県全県オンライン講演会」    (主催 福島県九条の会  共催 福島県市民アクション)

2022.10.22 13:30~

  平和憲法は希望! 「福島県全県オンライン講演会」

   (主催 福島県九条の会  共催 福島県市民アクション)

 

 <開会> 福島県九条の会 代表 今野順夫

 

 本日は、平和憲法の改悪に反対し、9条をはじめ憲法をまもり発展させるための「福島県全県オンライン講演会」にお集まりいただき、ありがとうございます。

 本集会は、福島市のAOZを主会場として開催されていますが、福島県市民アクションの共催をいただき、オンラインで、福島県内の各地でも参加いただいております。

 私たち「福島県九条の会」とともに、福島県内において約100の地域や職場に組織された「九条の会」及び同趣旨の会が、相互に協力しあって憲法9条を守る運動を展開しております。「福島県九条の会」は、2005年2月1日に県内の著名な25人の方々の呼びかけで結成されました。この間、各地域職場の九条の会などの協力も得て、全県集会も続けてきましたが、結成当初から17年間、代表として先頭に立って活躍されてきた吉原泰助先生が、今年の1月に、ご病気で、残念ながらお亡くなりになりました。九条の会の発展を念願し、常に先頭に立ってこられた先生のご遺志を引き継いで、共同代表の真木先生と共に、頑張っていきたいと思っています。よろしくお願いします。

 さて憲法改悪をめぐる動きは、2月24日のロシアのウクライナ侵攻を契機に、一段と強化されてきております。街頭宣伝や署名活動において、ウクライナを見ると、9条を守るだけでは、日本の国土や国民を守ることができないのではないか、この機会に9条を改正して、自衛隊憲法に根拠づけて、拡充すべきという声がだされることがあります。自公政権は、岸田内閣においても、安全保障関連3文書を年内に改定しようとしています。具体的には、敵基地攻撃能力(反撃能力)を持つべきだとして、そのために軍事予算の大幅な増加を目論んでいます。自公政権が、憲法の基本原理の一つとしての国民主権主義、国会を無視して行おうとしていることは、法的根拠のない安倍元首相の憲法違反の「国葬」を内閣だけで実施したことでも明らかです。

 戦後の新憲法が制定されてからも、占領下ではありましたが、国会に諮ることなく、重大なことを決めてきました。一つは、自衛隊の前身である「警察予備隊」を、法律ではなく、政令で決定し実行してきたこと、また、公務員の労働基本権を剥奪することも政令で行ってきました。既成事実ができてから、法律を作り、それを根拠づけることを、国にとって重要な事項で実施しています。私たちは、こうした違憲の事実を積み重ねることに、警戒心をもって対応していかなければならないと思います。

武器には武器で対抗するのではなく、外交交渉、国民相互間の交流の強化、侵略を回避する努力が、特に必要になってきており、まさに憲法9条の真価が試されるときである。憲法前文にあるように、「政府による戦争の惨禍」を許さないよう、国民の声を、今まで以上にあげるべき時である。各地域、職場での憲法9条を守る闘いを強化すべき時と思う。

 今日は、各地の活動報告と、中央の動向として、菱山さんから、記念講演を予定しています。記念講演と各地の活動報告から、学んで、福島全県の憲法改悪反対の運動を大きく盛り上げていく機会にして欲しいと思います。そうした期待を込めて、開会の挨拶とさせていただきます。