第15回九条の会東北交流会in福島 開会のあいさつ

   開会のあいさつ(福島県九条の会共同代表・今野順夫)

 

福島県九条の会の共同代表をしている今野です。

 5月にしては、暑い中、東北でも暑い福島にお集まりいただきありがとうございます。

 九条の会の東北交流会も、今回で第15回目を迎えることができました。

 東北六県を2回めぐり回り、3巡目に入っています。

 九条の会は、憲法改悪、特に戦争放棄・戦力不保持を定める第九条の条項を破壊し、戦争への道を開く攻勢が強まった22年前、2004年6月に、9人の文化人、学者等の呼びかけで結成されました。大江健三郎さん、井上ひさしさん、加藤周一さん、澤地久枝さんなど、日本の文化人・学者を代表する方々の呼びかけで結成されましたが、全国津々浦々に共感と支持の輪が広がり、地域、職場、学園にも「九条の会」が結成され、九条を守る運動が大きなうねりを作りました。東北六県においても、県単位とともに、各市町村、さらに各地域に九条の会が結成されて、講演会や署名活動や街頭宣伝活動等、憲法を守る多様な活動が展開されてきました。

 九条の会の全国レベルの交流会もありますが、東北地域でも活動の経験を交流し、学び合い、相互に励ましあって、参りました。

 最近は、過去の記念碑とするだけでなく、将来への決意を示すものとして、「九条の碑」が建立され始まっています。全国では、80以上の記念碑がつくられていますが、東北でも、宮城県の塩竃市をはじめとして、鶴岡市、福島市、そして仙台市にも建立されており、最近、急ピッチに、この運動は、大きく広がりつつあります。

 特に、高市政権によって、軍拡、戦争準備が加速されるに従い、市民層の中に、戦争の危機感と、九条の会運動を求める声が強まっている感じがします。国会前のペンライトの集会も、全国各地に広がっており、個々人の危機感も強まっていると思います。

私個人のところにも、全く知らなかった方から、メールで直接、九条の会への入会の申し出が複数来ています。自分の住んでいる地域の九条の会に連絡できなかったといっています。また地元の新聞の読者の声欄に、「憲法9条を変えてはならない」等という投稿も、度々目にするようになりました。私たちの活動への反省もありますが、平和を求める市民の切実な要求を、受け止める体制を早急に確立する必要があろうと思います。

 将来を担う青年層の結集についても、難しさがあると思いますが、青年層の生活実態と考えを理解するとともに、青年層に寄り添い、真摯な共同のよび掛けによって、必ず打開できるものと思います。

 本日の東北交流会において、第1部の渡辺先生の講演から、現在の政治情勢を正確に学び、第2部の各県の具体的な経験交流から、学びながら、自らの活動に活かして欲しいと思います。

 この交流会を契機に、東北各地の9条を守る運動が、さらに広がって欲しいと思います。

 以上、開会の挨拶とさせていただきます。 

       (2026年5月30日  福島市テルサホール3階「会議室あぶくま」

憲法九条の碑除幕式・主催者あいさつ

2026年5月3日 憲法九条の碑除幕式(福島市渡利・瑞龍寺)

 

【主催者あいさつ】(今野順夫実行委員長・元福島大学長)

 

 本日は、憲法九条の碑の除幕式に、お集まりいただきありがとうございます。今日は憲法記念日ですが、日本国憲法が施行されてから、79年になります。

 「九条の碑」は、日本国内にいては、40年前の1985年沖縄県那覇市での建立を始めとして、すでに全国81カ所に建てられています。本日、福島県内では初めて、全国では82番目、東北では3番目になりますが、この地に、建立が実現できることは、本当に喜びに堪えません。この「憲法九条の碑」は、わが国が、世界大戦の反省から、二度と戦争を行うことなく、平和を実現していくための記念碑として建立されました。

 日本国憲法第九条は戦争放棄と恒久平和を世界に誓った世界に誇る条文です。

 日本国憲法の公布から八十年、日本が戦争に巻き込まれることなく平和を維持できた背景には、憲法九条の存在があります。

 近年、軍備拡大や明文改憲の動きが一段と強まる中、私たちは「軍事力ではなく対話と協力を通じて世界の平和を目指す憲法九条を守り抜き、次世代に引き継ぐ」との思いを見える形にし、憲法九条の理念を未来へ継承するシンボルとして、建立するものです。

 この九条の碑の建立運動は、昨年の3月に、古殿町で石材業を営む岡部淳一さんから、私たち福島県九条の会に、「九条の碑」となる石材の申し出がありました。また、建立候補地の検討・打診も開始しました。それを受けて、福島市内と福島県北地域の「単位九条の会」と民主団体等に「憲法9条の碑建立実行委員会」(福島市に憲法九条の碑を建てる会)結成を呼びかけ、9月28日に22団体の参加で、「憲法9条の碑建立実行委員会」が結成されました。また、最終的には16名の方々に、「呼び掛け人」に就任いただきました。5団体には、賛同団体になっていただき、11月に募金活動を本格的に開始しました。建立をお引き受けいただきました、瑞龍寺さんにおける設置場所の具体的相談も開始しています。

 12月に「9条の碑」デザイン・刻字、石板材質等の検討を開始し、2月にデザイン概要と設置場所を決定し発注することになり、募金額を150万円に増額することを決定しました。以上のような経過をたどって、今日に至っていますが、募金額については、4月20日現在で、個人・団体450件、1、879,736円になっています。

 石材提供を申し出られた岡部さま、そして設置場所を認めていただいた瑞龍寺住職の亘理さま、デザイン等の作成協力及び募金活動にご尽力いただいた、多くに皆さんのおかげで、今日を迎えることができました。末永く平和を維持しようという皆様の協力の結晶として、「九条の碑」建立が実現できたことは、大変喜ばしいことと思っています。

 ここに新たに建立された「九条の碑」が、平和を求め続ける市民の絆として、輝き続けることを願っています。この「九条の碑」を大切にし、いつまでも、皆さんから愛されることを祈っています。

 以上、主催者の挨拶とさせていただきます。

            2026.5.3  憲法9条の碑建立実行委員会

                      (福島市に憲法9条の碑を建てる会)

第46回憲法を考えるつどい(福島市)における講師紹介

2026年5月2日  第46回憲法を考えるつどい

★講師紹介

 講師の伊藤千尋さんを紹介させていただきます。

 伊藤さんは、1949年に山口県にお生まれになり、東京大学法学部をご卒業後、1974年に、朝日新聞社に入社され、ブラジルのサンパウロ支局長、スペインのバルセロナ支局長、アメリカのロサンゼルス支局長などを歴任され、40年にわたって、主に国際報道の分野で取材を続けられました。

 2014年に朝日新聞社を退職後、フリージャーナリストとして各国の取材を続け、精力的に執筆と講演を行っています。「コスタリカ平和の会」共同代表、全国の「九条の会」の世話人をなさっています。

 Facebookにその海外活動を詳しく紹介していますが、つい2,3日前にコスタリカのスタディツアーから帰国されています。コスタリカのサンホセから成田空港まで、27時間かけて帰国されたばかりです。現地からの報告については、facebookに詳細に書かれていますので、「伊藤千尋」さんの名前で検索して、読んでいただきたいと思います。

 ご存知のように、コスタリカは、日本の九条の理想を、実際に実現しているとのことで、軍隊を廃止して、その予算を教育現場に回して、教育での大きな成果を上げていることを教えていただいています。また最近のトランプ大統領の国連憲章違反、国際法無視の数々の行動について、説得力ある数々の論評を展開しています。多数の著書については、ホームページには31件が出ていますが、さらに広範囲な領域で出版されています。(今日は、厳選して、講演会終了後、あぶくま法律事務所の方で、販売することになっていますので、ご利用ください。)正直、紹介し尽くせませんので、お話の中で、ご紹介いただけえばと思います。

 簡単ですが、講師のご紹介に替えさせていただきます。

第97回メーデー福島県中央集会・挨拶

 福島県九条の会の共同代表の今野です。

 第97回メーデー福島県中央集会の開催、おめでとうございます。

 「九条の会」は、22年前に結成され、全国約7000の地域・職場で組織されていますが、福島県でも21年前に結成され、県内約100カ所に個別の九条の会があり、戦争放棄と軍備を持たないことを内外に宣言した「日本国憲法第九条」を守るために活動しています。

 この九条に対しては、70年前の自民党結成以来、いわゆる「自主憲法」制定ということで、憲法の改悪、特に九条を無くそうという動きが強まってきました。特に、高市政権は、選挙期間中は、全く憲法改正を争点にすることをしなかったにもかかわらず、選挙が勝利した途端に、憲法改正への支持を得られたとして、来年の党大会までに、憲法改正の準備をするという方針を出しています。

 憲法9条の条文改正までは行っていませんが、解釈を通じて、じわりじわりと、9条の理念をないがしろにしています。特に、最近、武器輸出全面解禁の動きが強まっています。

 そもそも、武器輸出の禁止は、1976年に、三木内閣が、「平和国家としての立場」「国際紛争の助長回避」を理由として宣言し、1981年、衆参本会議で武器輸出全面禁止を全会一致で決議し、国是としてきたものです。2014年に安倍政権が、武器輸出「原則禁止」を「原則可能」とする「防衛装備移転三原則」へと変質させたが、それでも殺傷武器輸出については「5類型」を設けざるをなかった。今回の政府の決定は、この最後の「制約」さえも取り払うものであり、殺傷能力を持った武器も原則容認したことで、「特段の事情」があれば、戦闘行為が行われて国への輸出も可能とするものです。戦争を放棄し、軍備を持つことを禁止した日本の憲法に反することは明らかです。「死の商人」とも言われかねない。

 戦後80年が経過しましたが、多くの戦争があり、ベトナム戦争には韓国も参戦し、ベトナムでの加害とともに、自らも数千名の兵士が犠牲となりました。しかし、わが国は、憲法9条を盾に、アメリカの要請を断り、日本が戦争で、相手の国の兵士や国民に害を及ぼし、自らも戦争犠牲者を作らなかったのは、まさに憲法9条の力です。いま、この9条を無くす動きが強まっていますが、断固、反対していきましょう。この9条を大切に守り、さらに発展させるために、多くの団体個人の協力で、「九条の碑」を建立して、5月3日の憲法記念日に、除幕式を行うことにしました。これは、過去の記念碑ではなく、未来につなぐ記念碑です。

 働く者の豊かな生活の前提は、戦争のない平和な社会であることです。憲法9条を守り、働く者の豊かな生活を実現するために、皆さんの協力で、平和を守っていきましょう。

 

   2026年5月1日

      福島県九条の会共同代表  今野順夫

星埜惇先生のお別れの会での弔辞

謹んで星埜惇先生のご霊前に、お別れの言葉を捧げます。

星埜先生は1928年に徳島県でお生まれになり、広島県立広島第一中学校、広島高等学校、東京大学農学部をご卒業になり、1951年4月に福島大学経済学部に赴任され、1995年2月にご退官になるまで、44年間もの長きにわたって、福島大学の教育、研究、行政の発展のためにご尽力いただきました。

 その間、学生部長、経済学部長を務められ、行政社会学部誕生の際には、行政社会学部の教授としてご尽力いただきました。1992年2月~福島大学学長を務められ、大学院地域政策科学研究科の設置を実現しました。

 戦後、福島大学が設置されるのは1949年5月ですが、長い間、学芸学部(教育学部)、経済学部の2学部体制(EE大学)が続いて、改組型の新学部、行政社会学部が誕生する1987年10月までの38年間、厳しい教育研究環境の中でも、有為な人材を社会に輩出し、優れた研究発表等において、星埜先生は、その中心として活躍されてきました。

 その後、現在では、3学群5学類の教育組織と4研究科をもち、さらに新たな発展をしようとしています。こうした発展は、星埜先生を含め、諸先輩方の労苦の賜物と思っています。

 星埜先生は、大学内でのご活躍とともに、被爆者運動において大きな力を発揮されました。特に、活動休眠状態だった福島県原爆被爆者協議会を1985年に再建し、山田舜先生と協働で、被爆者の組織化に向け、県事務局長並びに日本被団協の全国理事として10年にもわたって活躍されました。こうした地域の被爆者組織化の力があって、日本被団協が、昨年のノーベル賞平和賞の受賞に辿り着いたのだと思います。

 星埜先生が広島の学生時代に被爆した当時の経験は、皆さんにも、福島県九条の会発行のブックレットの講演録を、是非、お読みいただければと思います。これは2019年8月の星埜先生の講演を収録したものです。標題は「原爆投下の『時』を生きて」ですが、広島での被爆体験を通じて、戦争に対する鋭い批判をもち、「新しい戦前」と言わるような昨今の状況に、危機感を感ぜられていたのではないかと思います。

 星埜先生は、我々若輩にも、丁寧で優しく指導していただきました。しかし、ご自分には、常に厳しく律せられていました。論集などの締め切りは、なかなか締め切りが守れず、延ばしてもらう口実だけを考えますが、星埜先生は、締め切り前に、いつも優れた論稿を提出されていました。身をもって、若輩の我々に指導をしていたと考えています。

 これからは、興味尽きないお話も、示唆に富んだお話も直接伺うことができなくなることは、淋しく耐えがたい苦痛ですが、今までいただいた温もりに満ちたお話を反芻しながら生きていきたいと思います。

 星埜先生、安らかにお眠りください。ありがとうございました。

   2025年11月17日                  今野順夫

第14回九条の会東北交流会(2025.5.24盛岡市プラザおでってホール)閉会のあいさつ

第14回九条の会東北交流会(2025.5.24盛岡市プラザおでってホール)

 

  閉会のあいさつ

 

 福島県九条の会共同代表の今野です。

 第14回九条の会東北交流会の閉会に際して、挨拶を述べさせていただきます。

 21年前に、井上ひさしさんらの呼びかけで、「九条の会」が結成されて以降、東北各県にも「九条の会]が結成され、九条を守る様々な活動を展開してきました。1年に1度は、東北6県の「九条の会」の活動を交流することにして、今回は14回目になりました。東北6県3巡目に入りました。

 集会アピールにありますように、2000年代から憲法9条への攻撃があからさまになり、集団的自衛権の行使を認める閣議決定、安保法制の強行成立、2022年の安保3文書の閣議決定をもとに、日本の防衛費はGDP比1%から2%に倍増し、敵基地攻撃能力の保有自衛隊と米軍との一体化が進められ、南西諸島から西日本にかけてのミサイル配備、総合作戦司令部の設置など、急速に進められています。

 また、武器輸出三原則が撤廃され、軍需企業への国家的支援がなされてきています。いま、「日本学術会議」を解体する法案が国会で審議されていますが、こうした動向と軌を一にしていると考えます。

 いつも9条改悪反対の署名行動に際に、ウクライナの例を見て、9条では日本は守れないとの意見が出されますが、軍事には軍事でなく、外交によって、平和を実現していくべきとは言ってきましたが、抽象的でした。本集会でのメインの猿田さんのご講演は、それに対して、より具体的に、平和を実現する方法と活動を明らかにしていただきました。私たちの活動に対して、勇気と見通し、確信を与えていただきました。

 第2部の各県九条の会の報告は、具体的で、素晴らしく、それぞれの九条の会の活動の参考になるものでした。若者との交流を深める宮城県の取り組みは、高齢化に悩む活動に明るい希望を示してくれました。青森県の毎月3回の継続的な街頭宣伝・署名活動、平和集会の経験も素晴らしいものです。8月15日、第2次大戦最後の空爆地、秋田県「土崎」における「土崎九条の会」の継続的な、住民に見える宣伝活動、福島県南相馬市の「はらまち九条の会」の活動は、報告者の山崎さん自身が原発被害からの避難者ですが、避難先との連絡を密にして、平和と連帯の中心になっています。山形県つるおか・たがわ九条の会の20周年記念事業の取り組みが報告されました。「九条の碑」を建てる運動も進んでいます。全国的には53カ所に建立されていますが、東北では宮城・塩釜1カ所のみでした。福島でも、山形でも九条の碑が建てる計画が進んでいるので、20周年を機会に、大きく広がるのではないかと思っています。岩手県での「憲法ビンゴ」、映画上映会などを始め、3万筆以上の全国署名、素晴らしいものです。今回の集会も、岩手県の皆さんのご尽力で可能となりました。参会者として、心から感謝しています。お忙しい中、会場に参加していただいた皆さん、東北各地でYouTubeを通じて、この集会に参加していただいた皆さん、ありがとうございました。

 来年の第15回は、福島で開催するということで、私が閉会の挨拶をしていますが、今回の集会の成果を各活動に活かして、また、その成果を持ち寄りたいと思います。その活動を通じて、憲法9条改悪の動きを抑え、具体的に平和を実現する行動をつよめていきましょう。

 来たるべき参議院選挙で、憲法を改悪する動きを抑止する結果になることを期待して、閉会の挨拶に代えます。

憲法をいかす福島県民の会 第21回総会・連帯の挨拶(2025.2.11 本宮市サンライズもとみや)

憲法をいかす福島県民の会「第21回総会」おめでとうございます。

福島県九条の会」共同代表の今野です。連帯の挨拶のために参りました。

私達の会「九条の会」は、日本国憲法9条の改悪の動向が急速に高まった2005年2月4日に、県内著名人25人の呼びかけで発足しました。今年で丁度満20周年を迎えています。

様々なご意見の違いはあっても、戦争放棄、軍備の不保持を明確にした日本国憲法9条の改悪を許さず、世界の平和のために、先頭に立って戦うことを目指しています。

ところで昨年のノーベル平和賞を、日本原水爆被害者団体協議会日本被団協)が受けたことは、日本の平和運動、日本の核廃絶の運動に大きな励ましとなりました。また、私たちの平和運動反核の運動に大きな確信を与えてくれました。

すでに94か国が署名をし、73か国が締約し、発効した「核兵器禁止条約」の実現の先頭に、唯一の戦争被爆国としての日本は立つべきと思いますが、残念ながら、日本政府は締約国会議にオブザーバー参加すらしておりません。ノルウェーやドイツは、すでにオブザーバー参加をしています。今年も、政府としてオブザーバー参加すら実現できていません。残念ながら、核保有アメリアの核の傘の下に、しがみついています。

最近、石破首相はアメリカのトランプ大統領と会談し、共同声明を発していますが、日本の軍備増強、GDPの2%どころか、3%を計画するなど、大軍拡の道を歩んでいます。まさに「大砲か、バターか」と言われてきましたが、軍事予算の増強は、社会保障の削減、国民生活の保障の削減と一体となって進んでいます。国民の生活困難は、こうした戦争政策と一体となって進んでいると考えざるを得ません。

この時期であるからこそ、平和と国民の生活を守る運動を、ともに進めていきたいと思います。皆さんの憲法をいかす運動に共感しつつ、ともに連帯をしていくことを訴えて、九条の会からの連帯の挨拶とさせていただきます。