(アーカイブ)女川町に図書館をつくる夢


故郷・女川町に図書館をつくる夢

東日本大震災で郷里・女川町は、7割の住家が流失し、1割近い犠牲者を出しました。私個人も「実家」が流され、実姉・義姉など5人の親戚を、一瞬のうちに失いました。いま住んでいる地・福島県も、原発事故のなかで右往左往しており、また女川町に直ちにかけ付けて捜索をすることのできなかったことが大きな負い目でした。

私は、1944年生まれてから中学校2年まで女川町で育ち、その後進学の関係で仙台、そして就職の関係で秋田、そして福島に住んでいます。家も人も流される大きな災害を蒙った女川町を高台から臨み、まさに夢物語(?)というか信じがたいもので、空襲後の焼け野原とは、こういう状況なんだと思いました。1万人ほどの町は、既に半分は町を去って、復活できるかどうか、このまま町は消滅してしまうのではないかと、思わざるを得ませんでした。

女川町出身者だということもあり、5月に発足した女川町の復興計画策定委員会(アドバイザー)に参画する機会に恵まれました。私の専攻は法律学(労働法・社会保障法)なので、地元各団体の代表と津波防災や都市計画等の専門家の皆さんの中では、有意義な提案は難しかった。ただ、復興計画の中身の検討の中で、ハードの街づくりのみならず、教育・文化等を一つの柱として位置づけてもらいました。

総合計画ではなく復興計画なので、違和感もあったかもしれませんが、復興にとって一番重要なのは、心の建て直し、町民の復興と考えました。特に、子どもたちが、この女川町で、健やかに育っていくことが、復興の柱と考えました。

女川の真の復興には、読書に支えられた町民の優しさ、勇気が必要と考えました。やむにやまれず、7月頃、TwitterFacebookで短文のメッセージを発信しました。「女川町は7割もの家が流失、図書も大きな被害。全国の皆さんの支援で、幼児・児童・生徒・成人も利用できるような町民図書館立ち上げが夢。避難所も空き始め、場所の確保も可能では。本の支援と本整理のボランティア、協力者のネットワークを作りませんか。ご協力をお願いします。」と。

直ちに、女川町の出身者を中心に、大きな励ましのメッセージを頂き、「女川町に図書館を!(夢)」のホームページを立ち上げ、寄せられたご意見などを掲載・紹介させて頂きました(http://www5a.biglobe.ne.jp/~tkonno/tosyokan.html)。

幸いなことに、女川に支援に来ていただいている全国の地方自治体職員のなかに、草津町図書館職員の中沢孝之さんがおられ、戻られてからも女川町への支援を継続していただいておりました。女川町には図書館はなかったので、図書館業務の支援ではなく、一般行政業務の支援でしたが、図書館づくりについては、大きなサジェスチョンを頂きました。

震災前から、絵本を集めて絵本館を作ろうという動きが教育委員会の中にあって、活動を始めた矢先に津波で流されてしまいました。

教育委員会での担当の元木先生によれば、絵本だけの図書館創設は今年度実施予定の事業で、「女川町は読書の町づくりを目指して家読(うちどく)運動に取り組みだしたところであり、『町の絵本館』創設はその重要な一歩であった。」(元木幸市「震災考〜絵本の力を信じて〜」・読書推進運動No.527)。ところが、この大震災で、女川町図書室の蔵書4万冊のすべてが流失してしまったのである。

しかし、ユニセフなどのボランティアの力を借りて、5月10日には女川第二小学校のオープンスペースに、「女川ちゃっこい絵本館」を蔵書5千冊で開館。「ちゃっこい」は「小さい」の方言であるが、小学生などの利用で賑わっている。

私は、こうした「絵本館」運動を発展させて、是非、成人も利用できる文化センター的機能をもった、「町民図書館」の夢を抱いた。それには女川の教育文化機関の後退を懸念したからである。多くの地域で、大学がなくても、高校の存在は、地域社会の文化的拠点として大きい。

卒業生が地域社会で活躍することを通じて、経済的な循環も可能である。私の中学時代も、独立の高校はなかったが、石巻高校女川分校(定時制)があった。それが県立女川高校になった時には、女川自立の拠点としてうれしかった。しかし、宮城県の中で、最も高齢化(32%)が進み、高校の存立が維持できず、震災直後の4月の入学生が最後の入学生として、2年後には廃校となる。

また、離半島部にあった、小中学校も、少子化の中で統合が進んでいる。明らかに、教育文化機関が後退しているなかでの震災である。小中学生も含め、女川町内の児童・生徒や成人の拠点がないというのは、未来への夢を見出せない。

全国から寄せられたご意見には、この震災の記録や、離半島部を含む女川の歴史を、図書館に保存してほしいとの要望もあった。また、中沢さんによれば、福島県南相馬市から草津町に避難している方々が、草津町図書館で、遠く離れた故郷の地元紙等を読んで、生活再建のための情報基地になっていることを知った。図書館は、単に本を蔵書するだけでなく、その土地の文化や、住む人々の生活の具体的な支援に役立つ拠点とも思われる。

私自身は、理系が好きだったということもあり、あまり読書家とはいえない。しかし、図書館に集う人々は、何か生き方を求め、夢を探し求める前向きな人が多く、逢ってホッとする。輝くまなざしがいい。子どもも大人も。そして、田舎には、じっくり本を読める環境がある。本の数は少ないが、本の前では平等である。高価な実験装置がなく、実験ができないのとは異なる。

女川町の魅力は、街なかにもあるが、十二の浜を抱える離半島部にもある。仙台や石巻に近づこうとする意向が強いが、離半島部の魅力を活かすべきだと思っている。女川の出島出身の方が、出島の人は、本が好きな人が多い。是非、図書館づくりに協力させて欲しいと連絡をくれた。街なかの図書館をキーステーションにして、離半島部を回る移動図書館も夢である。

図書館を中心に、人が集い、夢が集い、そこを発射台にして世界で活躍する。そこに住民のコミュニケーションが花開く、そんな夢を持ちながら、女川在住の方々と、町外の女川を愛する人びととの、連帯の場としての図書館づくりを夢見ている。

既に、女川町の教育委員会の指導の下で、図書館づくり(女川町図書室:愛称「女川つながる図書館」)の準備作業が開始されている。町内外の大きな支援で、大きく発展することを期待している。
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